もくじ
粉瘤・くり抜き法のデメリット
粉瘤の手術は、通常の標準的な方法ですと「粉瘤の大きさをマーキング」した上で、皮膚のシワ方向を考慮した「紡錘形切開」による摘出を行います。切開線は粉瘤の長径と同じか、少しだけ大きいくらいの事がほとんどです。粉瘤は、「垢や皮脂が入った袋(カプセル)」を破らずに全摘することによって、再発が起こらないようにするのが原則です。
腫瘤本体を摘出したあとには、皮膚の欠損を生じるため「適切な皮下縫合+真皮縫合」にて軽く皮膚を盛りあがる程度に中縫いを行います。皮膚表面は、キズが目立たないように細めの縫合糸にて軽く合わせる程度とします。皮膚のシワに沿った薄らとした「線状のきずあと」となることが理想です。
最近、粉瘤に対して「くり抜き法」なる方法が、
- 最新の手術法であり、
- 小さなキズを皮膚に開けて、
- キズ跡もほとんど残らず、
- 短時間の手術ですみ、
- 痛みも無く、
- 粉瘤のカプセルを全て取り、
- 再発もない….
と宣伝している医院が目立ちます。
なおかつ、通常行う標準的な手術法が「従来法でキズ跡も目立ち、旧態依然たる術式」として扱き下ろされてしまっています。これは本当のことなのでしょうか?根拠があることなのでしょうか?
まず、結論としての比較表を載せておきます。
※くり抜き法の施行医院では、上記の⇔のみがメリットとして強調されており、赤字(黄色マーカ)部のデメリットに関して何も記述がないことが問題です!!
粉瘤のくり抜き法とは?
くり抜き法とは、
- 皮膚生検用のデルマパンチを使って、
- 粉瘤のへそ部分に穴を開けて
- まず、粉瘤の内容物(垢・皮脂)などを先に排出してしまい
- あとから、小孔から縮んだ皮膜=「粉瘤の袋部分」を剥離、摘出する
という方法論です。
くり抜き法のデメリットとしてまず挙げられることは、まず国内文献(後述)を調べてみますと「会議録・学内誌をのぞくと数が少なく、追加報告もほとんどない手術法」であることです。とても、「誰が行っても、完全に袋を摘除できて、再発がない最新式の手術方法」であるとは云えません。
一方で、現在google検索を行うと、「医師が発信した情報」は、真偽はともかく上位にでる傾向があるので、一部の医院の過剰な「くり抜き法」に関する宣伝文句が上位にきてしまっており、患者さんがその巧みな言葉に踊らされている状態であるとも云えます。さらに、良くないことは「くり抜き法」が流行とみると、皮膚外科専門でない医師でさえ、「にわか・くり抜き法専門医」のように迎合してしまっていることです。
本ブログでは、ネットで過剰に宣伝されている「粉瘤のくり抜き法」について形成外科専門医である院長が、「各医院ホームページ記載内容」および「くり抜き法に関する文献」・「標準手術法との比較」などをまとめ、デメリットについての情報を詳しく解説いたします。
粉瘤のくり抜き法を行っているクリニックの主張をまとめると?
まずは、くり抜き法専門を歌っている医院の言い分をまとめてみます。
粉瘤と検索すると多くの広告がでてくる
多くの医院で、粉瘤の手術は、「くり抜き法が最新式でベストな治療である」といった記載があります。
- 院長はくり抜き法手術で豊富な実績
- 当日手術対応、日帰り手術対応で無駄な通院も不要
- 従来法の手術法に比べてキズ跡が目立たなく、短時間で低侵襲の手術が可能
- 安全第一+可能な限りキズ跡を小さく
- 直径4cmの粉瘤を5mmトレパン(皮膚生検パンチ)で全摘することも可能
- 粉瘤は全例くり抜き法が適応で、ちいさなキズで再発も少ない。
- 切開、排膿するのみよりも炎症の消退が早い
と「くり抜き法」のメリットのみばかりが挙げられております。
クリニックにも寄りますが、デメリットに関する記載が一切触れられていないホームページすら見かけます。出来ないケースがあるとしつつも、どのようなケースが適応となるのか記載すらない医院もあります。
良心的なクリニックでの「くり抜き法・デメリット」の記載をみると
適応を選んで、ほぼ全例の粉瘤に「くり抜き法」を行うとしつつも、炎症を起こしたことのない粉瘤では通常の紡錘形切除を行うこともあり、腫瘍の直径の8割の長さの切開線がつくと明記してあります。なおかつ、典型的でない症例(カプセルを触知しない・急激な増大例など)では通常手術法をお勧めすることがあるとも記載があります。
医院によっては、炎症性粉瘤で過去に化膿を起こして、のう腫壁が皮下に飛び散っている場合も「くり抜き法」の適応外ともしています。
すなわち、くり抜き法に関しては、「医師の技量」・「粉瘤の状態」により「その適応も医院によって様々」となっており、必然的に治療効果にも大きく差がでてしまうということがデメリットとなっております。
各医院のホームページを見ても、いったい、何が本当の適応なのかわかりません。すべての症例に出来ると云っている段階で、その信憑性がかなり怪しいと感じてしまうのは当方だけなのでしょうか?
粉瘤・くり抜き法のデメリットとは?
- くり抜き法の適応は、あくまで「数mm~1cm程度」の小さな粉瘤である。
- 2~3cm程度に大きくなった粉瘤では、くり抜き法適応がなく、通常の紡錘形切開法がよい。
- 炎症を起こして癒着が強いものでは適応とならない。
- 深い部分まで進展した粉瘤では、盲目的な操作により止血困難となり術後出血・血腫形成してしまう。
- 全例に「くり抜き法」を施行するとしつつ、大きな粉瘤はできないという自己矛盾の記載。
- 大きな粉瘤では術後に凹みが残ることがある
- 腫瘍を少しでも取り残すと再発のリスクがある手術
- 傷跡がかえって不自然に丸い
- 手術時間が短時間で10~20分としているが、通常法の時間と変わりがない
- 粉瘤の大きさなどによっては、無理に「くり抜き法」とするメリットがないと明言している医院もある。
- 比較対象である切開法のデメリットとして、直径1cmの粉瘤に「その2~3倍の長さの切開線」を入れるともありますが、通常の「紡錘形切除法」ですと、粉瘤の長径とほぼ同じか、長くても1.3倍程度が最大の切開線の長さが普通です。・・・その時に執刀した上級医師の手術が余程雑であったのでしょうか?
※以上「くり抜き法」施行医院のホームページより引用
クリニックによっては、「くり抜き法」と「通常の紡錘形切開法」の2つが併記してあるようですが、その適応がしっかりと述べられていないことも問題です。また、炎症性粉瘤に対する切開・排膿の代わりとして「へそだけくり抜く」とする医院もあります。
ちなみに、ある粉瘤を多くやっているクリニック医師が研修したという、「東大形成外科、三井記念病院、相模原病院、日本赤十字医療センター」では、現在のところ、「くり抜き法」を行っていると明記してある病院はないようです。
粉瘤「くり抜き法」は、じつは再発が多い手術
粉瘤に対する「くり抜き法」は、「デルマパンチ」という器具で小さな孔を粉瘤の中心部にあけて、「まず中身を絞り出し、その後に残存する「袋部分」を小さな穴から引っ張り出して」、できることならば、粉瘤の「のう腫」もすべて取れてしまったら・・・という方法論です。
しかし、きちんと視野を取ることが困難な小さな穴より、「再発や出血などの合併症なく、きれいに粉瘤の袋をすべて取る」ことには土台として無理があり、キズ跡は、「顔面などでは丸い瘢痕でかえって不自然」であり、「大きな陥凹」を残し、再発することもある手術手技となります。
皮膚疾患最新の治療(2017~2018)の中でも「へそ抜き療法は、傷口が小さいが取り残しによる炎症が起こりやすく熟練の技が必要」との記載があります。近年では、「小さな粉瘤に対する取りあえずの処置」であるというのが一般的な認識で、完全に摘除することは期待ができず「再発すると返って取りにくい」という意見さえあります。
すでに、一部の粉瘤専門クリニックに於いても、「粉瘤摘出後に、残存がある場合には全てを取るように心掛けています」・「くり抜き法での再発例は半年間コストフリーで対応致します」との記載もみられ、暗に「うまくいかないと再発するリスクのある治療」であることも認めてしまっています。
くり抜き法などの小さい切開後の縫合におけるデメリット
粉瘤をきちんと摘出すると、その後に摘出後の欠損が生じます。通常の紡錘形切開法は、まさに「切除後の縫合」をどのようにするかを考えられて行われる術式となります。
当方も皮膚外科医(形成外科医)であったので、粉瘤手術は数多く行い、かつ幸いにも大学に長く在籍していたので、多くの後輩医師達に指導する機会にも恵まれました。後輩医師を指導するということは、どの病院に行っても「確実に施行することが可能」であり、「再発がない方法」で、かつキズを如何にきれいに仕上げるかということを極めていくことになります。
一時期は、粉瘤を如何に小さなきずで仕上げることができるか、「自分自身の腕をみがく意味」もあり頑張っていた期間もありました。粉瘤を小さい切開線で摘除することは技術的には可能です。1cm程度のものであれば、5mmほどの切開(くり抜き法と同等)でおこなうこともできなくはありません。
一方で小さすぎる切開では、「いくつかのデメリット」が見えてきます。
- 小さく切開すると、粉瘤上部を皮膚から薄く剥ぐことになり「過剰に菲薄化した皮膚」が残ってしまう。
- 小さな切開のために、深部の操作での視野が確保しにくくなり時間が掛かってしまう。
- 無理に小さく切開しても、皮下縫合で欠損部を縫い合わせると「菲薄化した皮膚」が結果的に余ってしまう。
- 無理に皮膚を残すと「縫合線の端」がドッグイヤー(dog-ear)となり返って目立ってしまう。
- 結果的に小さすぎる切開で、粉瘤を摘除した場合には「余った菲薄化した皮膚」は不要となり切除する必要が生じてしまう。
以上のことより、「きちんと皮下縫合・真皮縫合」で粉瘤摘出部をきれいに縫える技術を持った医師であれば、「くり抜き法」などの過剰に小さな切開はあまり意味がなくなってしまうのです。
適切な粉瘤の切開線は、「粉瘤の直径ちょうど」から「±2割前後」の長さが良いといえるでしょう。粉瘤の直径の半分などという極端に短い切開線は、取り残しのリスクが増えるのみであまり意味がないと云えます。
粉瘤・くり抜き法を行っているドクターは?
元々、「くり抜き法」は、忙しい皮膚科外来の合間に、「研修医でも短時間にできる容易な皮膚外科手技」としてひろまったと云われています。トレパンという簡易皮膚生検にもちい、「皮膚を丸く打ち抜く刃がついた器具」はどこの皮膚科外来にもおいてある器具です。
これを粉瘤の手術に使ってしまおうということですから、「皮膚科医」を中心に「くり抜き法」が広まってきたことは容易に想像ができるでしょう。
小さな切開で粉瘤を摘除していくという事は、皮膚外科の専門である形成外科でも「さんざん試されていたこと」なのですが、多くのデメリットがあり、あまり広まりませんでした。ある程度の切開をおこなっても、キズをきちんと綺麗に縫合出来る技術があれば問題とならなかったからです。
すなわち、多くの「くり抜き法」を行っている医師らは、形成外科専門医以外の「皮膚科医師」や「一般外科・耳鼻科など」の他科の医師を中心に行われることが多い術式です。はじめは、簡易な手技である程度の炎症性粉瘤の消退が得られるという事がメリットであったものが、どうやら可及的にできる範囲で「粉瘤の袋(カプセル)」も摘除をおこなっていくことが「くり抜き法」と呼ばれるようになっていったようです(後述)。
粉瘤・くり抜き法は本当に最新の手術法なのか?
実は、大きなデメリットとして挙げられることは、粉瘤(毛包嚢腫)に対する「くり抜き法」という論文は、国内には数がとても少ないことです。
医学の世界では、さまざまな臨床知見を研究し、まずは学会発表という形で報告を行います。学会報告をおこなうと取りあえず、「会議録」という形で記録が残りますが、これは正式な論文ではありません。学会報告の内容は、きちんと論文という形で書き上げられて、医学雑誌に載るまでにいくつかのチェック(査読)が入り「論文」として世に残す価値のあるものだけが、さまざまな医学雑誌に残っていくのです。
くり抜き法とされる手技の「原法」は、「へそ抜き法」として報告されています。「へそ抜き法」は、皮膚外科医・形成外科医の中では常識である「炎症を起こした粉瘤を切開するときには、粉瘤のへそ(開口部)」を中心に切開をおこなうという手技を、忙しい皮膚科外来である程度確実におこなうために、「デルマパンチ(皮膚トレパン)」という皮膚科外来によく置いてある器具をつかって簡易におこなうように工夫された方法にすぎません。すなわち、「へそ抜き法と称する手技」も決して目新しい手術手技ではないのです。
くり抜き法に関する文献を調べると、くり抜き法の原法にあたる「へそ抜き法」が、国内で4つの論文報告があり(学内誌除く)、さらに「くり抜き法」に関するものを調べると「通常の粉瘤とは発生機序の違う足底表皮のう腫」での報告があるのみとなり、じつは「粉瘤に対するくり抜き法」についての論文は数がとても少ないのです。
多くのクリニックで最新の方法で、「切開線が小さく、再発が少ない」と宣伝されている「粉瘤に対するくり抜き法」は実は、最新の治療手技どころか、医学雑誌にのる論文がとても少ない方法だったのです。さすがに、調べていて当方も驚いてしまいました。(令和4年4月現在)
粉瘤・くり抜き法の文献的なデメリットについて考察する
現在、国内で「くり抜き法の原法」とされる「へそ抜き法」について調べてみると、以下の文献があります(学内誌・会議録除く)。残念ながら、粉瘤に対する「くり抜き法」に関しての論文は非常に少ないのが現状です。
「へそ抜き法」に関する論文は報告された順に、
- 粉瘤のへそ抜き療法 上出良一;皮膚科の臨床1988
- 炎症性粉瘤に対するへそ抜き療法 基本編・実践編 白井明;Visual Dermatology2011
- 足底表皮のう腫に対するくり抜き法 出光俊郎;Skin Surgry2014
- 【皮膚科処置 基本の「キ」】粉瘤に対する処置 是枝哲;Derma2021(論文中にへそ抜き法の記載)
の4つが挙げられますが、すべて皮膚科医からの報告となります。
くり抜き法の根拠を探るために、それぞれの文献を購入もしくは大学図書館より入手しましたので、報告された順にどのような主旨があり、本法を行っているのかを見ていきましょう。
粉瘤のへそ抜き療法 上出良一 1988年
「くり抜き法の原法」と考えられる「へそ抜き療法」は、1988年に上出により報告された方法です。現在も上出先生は、ご開業されて「へそ抜き手術」を引き続き行っているようです。
本法を行っている理由として、
- 以前は紡錘形に切り取る(手術)のが普通だったが、2-3cmの直線の目立つ瘢痕が残ること、
- 粉瘤が化膿時には縫合できず、切開して垢と膿を出すだけは再発がよくある、
ことを挙げています。
ホームページにて上出医師は、ご自身が日本で初めて考案した「へそ抜き手術」では、直径2-4mmのデルマパンチにて、粉瘤のへそ部分をくり抜き、貯まった垢・膿を出すだけでなく、袋も掻き出すことにより再発を防ぐ、としています。手術は5-10分位で、キズ跡は軽いにきび跡程度でほとんど目立たず、直径5cmの粉瘤でも同じように治せるとしています。
《論文の要旨》
はじめて考案したとされる論文報告を調べますと、皮膚科の臨床という雑誌の「私の工夫」というコーナーで1ページの論文となっております。その中で、上出は粉瘤の表面皮膚と「のう腫」がつながっている「へそ部分を中央に」見い出して、皮膚生検用のディスポーザブルパンチで「くり抜く」としています。この「くり抜く」という表現が現在のくり抜き法という呼び方の語源かもしれません。
ついで、粉瘤内容物をすべて圧出したあとに、「開けた穴の断面に白色ののう腫壁」をみつけ、これをとっかかりとして、周囲組織から剥離する。その際に、最小限で穴周囲ののう腫壁を取り除き、完全に摘出する必要はないとしています。そして、気になる場合には、鋭匙にて内面をかるく掻爬すると結んでいます。
適応としては、3~4cm大の粉瘤まで対応可能で、主に、炎症性粉瘤で日常外来診療で手軽にできる処置として紹介されております。メリットとして、いわゆる炎症性粉瘤であっても1回の手術で根治出来ること、術後の処置・通院が簡易なことを挙げています。
皮膚科医が持てる技術の範囲で、外来診療中にできる炎症性粉瘤の処置の工夫といったところが、報告時の趣旨と思われます。
《論文内容について》
本論文については指摘すべきいくつかの問題点があります。
- 論文の中では、あくまで手技の紹介であり、「粉瘤にデルマパンチをあてがっている写真」と「生検パンチ」の写真しかないこと、
- あくまで手技の報告であり、症例の提示や実際のおこなった手技の結果・成績の提示がないこと、
- メリットを述べるだけで、注意点や副作用などデメリットについて述べていないこと、
- 上記の手技で「1回の手術で(すべて)根治出来る」としてしまっていること、
などです。
通常の紡錘形切除を名人芸と褒めつつも、炎症を伴っていると役に立たないと批判し、比較してご自身の報告した手術法が簡易で1回の処置で根治が可能であると言っているわけです。
本法は、皮膚外科(形成外科)をながく行ってきた院長の経験からすると、忙しい皮膚科外来で「外来によく置いてあるデルマパンチ」を活用して、炎症性粉瘤の処置を短時間で可及的に行え、うまくいけば根治できることもある、というのが、正しい表現だと思います。
たしかに、大きさが1cm+α程度の粉瘤で、「運良く癒着がなければ」、小さな穴から「のう腫壁」もくるりと抜けてしまうこともあるかもしれません。一方で、粉瘤は大きさが2~3cmを超えてくると皮膚内(真皮内)に留まらず、大きく皮下に張り出してきます。その際、皮膚外科的なトレーニングをしっかりと行っていない「一般皮膚科医師」においては、
- のう腫壁の全摘にこだわると出血リスクが高くなってしまうため、
- どうしても気になってしまう場合には可及的に鋭匙で軽くこすっておく位の方が安全だ、
ということなのではと考えられます。
《まとめとして》
本法は、皮膚外科的な訓練をしっかりうけていない「一般皮膚科医」が簡単にできる炎症性粉瘤の対処法であり、「完全な根治をめざす方法」ではなく、ある程度の再発もあるかもしれないが、あくまで可及的に皮膚科外来において炎症を鎮静化するための工夫と云えましょう。
このあと、会議録・学内誌などでの「へそ抜き法」の報告は数件あるのですが、きちんと論文となったものはしばらくありません。良い方法であれば、追試報告や症例集積などの報告がでてくるはずですが、次にまとまった論文がでてくるのが、23年後となります。
炎症性粉瘤に対するへそ抜き療法(基本編・実践編)白井明 2011年
白井先生は、警察病院・国立相模原病院などを歴任された皮膚科医で現在は、高円寺駅前皮膚科でご開業されています。「へそ抜き療法」についての適応や長所・短所について詳しく書かれた論文を書いています。
論文の中で、白井は、
- 「へそ抜き療法」は通常の手術術式と比較して一長一短がある点で適応を選ぶ必要があること、
- 炎症性粉瘤に対しては「第一選択」の治療法としてよいものと推奨する、
と述べています。
現在も白井先生のクリニックでは、「炎症性粉瘤」はとくに重視している疾患であるとし、
- 炎症が軽度で待機可能であれば、内服・外用などでつなぎ、後日の手術とする、
炎症が高度で腫れがあり急いで排膿が必要な症例では、
- その場でへそ抜き法を行う、
- 再診可能ならば、切開排膿のみをその場でおこなって、後日に袋の摘除のopeを予約する、
- 再診が困難な方は、説明した上で切開排膿のみ行う、
としています。
※ちなみに、非炎症性の粉瘤に対しての記載はなく、通常の摘出手術を行っているものと思われます。皮膚の切開は、必要最小限での手術を行うとのことです。
《基本編の要旨》
論文中では、「炎症性粉瘤に対しての治療方針」としては未だに、
- まず抗菌剤を内服し、
- 膿がたまったら切開し排膿を促し、
- 炎症が治まってから嚢腫の摘出をおこなう、
という昔ながらの手順が患者の通院負担や治療回数を増やしてしまうことが問題であると提議しています。さらに、炎症性粉瘤に対して、「へそ抜き法」がなかなか広まらない原因として、①のう腫壁の剥離の手技がやや面倒であること、②時間が掛かる手技であることを挙げています。
※多くの医院が「くり抜き法」が短時間で簡易に終了する手技としている内容と異なります。
一方で、「へそ抜き法+のう腫切除」を同時に行うことにより、従来の切開排膿のみ行う場合に比べて、
- 膿の排出が早くおさまる、
- 膿がでないために術後の通院回数が減る、
- 瘢痕が小さい、
- 再発しても少ない、
など、粉瘤の内容物を可能な限り除去することが炎症の消退に非常に有効であると述べています。また論文中で白井は、本法は手術手技上の特徴から「くり抜き法」よりも「へそ抜き法」もしくは「へそ抜き療法」と呼ぶことがふさわしいとしています。
「へそ抜き療法」の施術上の注意点・合併症としては、
- へその正しい同定が必要である、
- ひとかたまりとして取れない場合も「出来る限りのう腫壁」を取り除く、
- 深部をふか追いすると出血することがあるので注意が必要、
- 時間のないときはへそのみでも抜いておく、
ことなどを挙げています。
保険請求上の問題として、通常の切開排膿のみの処置では「皮膚切開術」とし、のう腫壁まで全て取り切れた場合には、「皮膚・皮下腫瘍摘出術」を算定するとしております。
《当院ではどのようにしているか?》
当院でも炎症性粉瘤に対しては「小切開のみ」を行うのみで無く、「はじめからある程度の大きさの切開」を行い、可能な限り粉瘤内容物の除去を行い、直視下にのう腫壁の取り残しのないように摘除を行っております。
「へそ抜き」の小さな切開にこだわらずに、少し大きめの切開をおくことで「深部の出血も直視下に確認することが可能なため安全性が高く」、さらに「直視下に容易にのう腫壁の取り残しがないかの確認」ができることが「少し大きめ切開のメリット」となります。
一方で、皮膚外科の研修経験のない「一般皮膚科医」にとって、外科的な止血操作や皮膚深部の神経・血管の扱いになれていないという実情から、「へそ抜きの小さな穴」程度で可能な「出来るだけの処置」をしておくことは、皮膚科外来においては有効な小手術手技と考えられます。
《実践編の要旨》
論文中で白井は、へそを残して手術した粉瘤は再発しやすく、効率良く「のう腫壁を摘除」するためにも「へそ位置」からのアプローチが最善とし、器具の工夫としては鋭匙鉗子(水いぼ摂子)が有用としています。
また、へそ抜き法の欠点である「のう腫の虚脱」によるのう腫壁の同定・剥離のしにくさに対する解決法として、はじめに「パンチ皮切」を浅めに置いて、粉瘤周囲にある程度の剥離操作を行ってしまうことを「へそ抜き変法」として報告しています。
詳細な手技としては、「のう腫壁がばらばらとなって見えないところは、のう腫壁の深部は癒着していることは少なく、術後出血に注意して、鋭匙鉗子でかじりとるように摘まむ」とも述べています。さらに注意点として、皮下で炎症が進展し赤みや腫張が強い部分と、「元々のへその位置」はズレていることがあり注意を必要としています。さらに、陳旧性で深部におよぶ粉瘤も本法の適応であるとしています。
さらに、白井は本論文中では「へそ抜き法の小さな切開」にこだわることはなく、
- 深部ののう腫壁が取りにくい場合には、視野の確保を優先し、皮切を広げることを推奨し、
- 炎症が酷くへそ部分の壁が消失している場合も、むしろ大きめの皮切をおき視野を確保し、
直視下での壁摘除を勧めています。
結論として、粉瘤は「炎症を起こしたときこそ」、治療に対する患者さんの動議付けが強まる疾患で有り、医療者側では、積極的に治療を行っていくことを勧めて本論文を結んでいます。
《論文内容について》
炎症性粉瘤において白井の提唱する「へそ抜き変法」に関しては、
- 粉瘤の表面への張り出しが大きく、
- 「薄くなった皮膚」と「のう腫」の剥離を前もって行った方が容易な場合に、
- 切開予定線の周囲に小さな皮切をおき「粉瘤本体に切開をいれ膿が出る前」に、ある程度の剥離操作をしておく、
という形成外科においても一般的に「炎症性粉瘤の嚢腫壁剥離」によく用いられる工夫と同じです。
炎症のつよい部分と「粉瘤本体の位置がずれていること」も臨床例で良く経験されることになります。皮下の一方向に粉瘤のカプセルが破綻して、膿がひろがってしまうと、「赤みの強い部分と粉瘤本体が存在する部分」にズレが生じることも良くあります。
白井が論文中で述べていることは、皮膚外科(形成外科)の臨床経験をしっかりと積んだ医師であれば、必ず誰しも経験することと一致しています。一方で、皮膚外科的経験を研修する機会の少なかった全国の皮膚科医師らに、このような粉瘤治療のコツを伝えた論文として非常に価値があるものとも言えるでしょう。
白井は、論文中で深部の粉瘤のう腫が取りにくい場合やへそ部分も消失した炎症が高度な粉瘤では、大きく切開するメリットも挙げており、実地に沿った実践的なアドバイスです。
一方で、具体的にどのくらいの大きさの粉瘤までが「へそ抜き法」で対応可能であるか、どのような場合により皮膚外科の専門である形成外科にコンサルトすべきかについては、触れられていません。実際、形成外科の常勤する病院はまだまだ少ないのが実情であり、全国の病院で外来診療中に「粉瘤の処置に対応しなくてはならない皮膚科医」にとっては良い指針となる論文と考えます。
《まとめとして》
実践編では「へそ抜き法」を実施にあたっての工夫や注意点がまとめられており、さらに、大きく切開する場合の適応も述べられております。
★ここで問題となることは、日本全国でくり抜き法を用いて「すべての粉瘤を再発なく摘除」としているクリニックの主張と、本論文の内容が「かなり違ってきて」しまっていることです。とくに、都心近くで粉瘤をすべてくり抜き法で取っていると宣伝しているクリニックとは、大分方針が違うことが分かりますね。
足底表皮のう腫に対するくり抜き法 出光俊郎 2014年
《論文の要旨》
出光らは、論文中で「ウイルス感染が原因となる足底表皮のう腫」は、皮膚科学会ホームページ上では適応がないとされるものの、硬いのう腫壁は周囲との癒着が意外と少なく、5mmの皮膚生検パンチの穴よりきれいに「くり抜ける」としています。通常の粉瘤より剥離していく手技は簡易であり、術後は開放創とするか、1針縫合を行って終了としています。
本腫瘍は、HPV(いぼウイルス)感染が誘因とされ、表面に一般的な「粉瘤(毛包嚢腫)」のように「へそ」がないことから、へそ抜きではなく「くり抜き法」と呼ぶのがふさわしいとしています。検討した18例のなかでは、再発はなかったとしています。
《論文内容について》
本論文は、粉瘤の類似疾患に手術方法として「くり抜き法」と呼称した最初の論文と考えられます。足底表皮のう腫は正確には、通常の粉瘤(毛包嚢腫)とは違う原因(イボウイルス感染)で出来るものとされています。
本論文の問題点は、荷重部である足底の瘢痕について議論されていないことです。足底部は、余程理由がないかぎり「原則きずをつけない方が好ましい部位」であり、もしもキズ跡を残すのであれば、術後の肥厚性瘢痕・胼胝などの発生に細心の注意をはらい、できれば通常の小さい切開線からの摘除を行ったうえで丁寧に皮膚を縫合したほうが望ましいのではと考えます。
デルマパンチの丸い孔を綺麗に線状に縫合することは、足底部の硬い皮膚では不可能です。足底部の荷重部近辺にできる「足底表皮のう腫」を縫合せずに、開放療法とすることは避けたい治療法です。
※現在、出光俊郎先生は上尾中央病院に在籍し一般的な粉瘤にはくり抜き法は行っていないようです。
上記3つの論文報告までに、他には「通常の粉瘤に対するいわゆるくり抜き法」と呼称される論文は国内論文検索データ(医学中央雑誌)ではみつかりませんでした。
【皮膚科処置 基本の「キ」】粉瘤に対する処置 是枝哲 2021年
是枝先生は、京都大学皮膚科で研修をなされ、天理よろづ相談所病院皮膚科部長もなされていた先生となります。クリニックのホームページでも「へそ抜き法」を行っていると記載があり、けっして本法に否定的な先生ではありません。白井の炎症性粉瘤に対する「へそ抜き療法」・「へそ抜き法」が出てから、7年後の論文となります。
《論文の要旨》
忙しい皮膚科外来の合間に、炎症性粉瘤にどのような対処をするかが問題で、大きなものでは、脂肪層に到達し、かつ下床の筋膜まで癒着する症例もあるとされています。
通常の紡錘形切除では、死腔がないようにきちんと真皮縫合を行うことが重要であり、へそ抜き法では粉瘤の大きさに合わせて3cm以上の大きめの粉瘤には、無理せずに大きめ(6mm程度)のトレパンを使うこともあるとしています。へそ抜き法では過去に炎症を起こしたことのない粉瘤に対して用いられるべき処置で有り、のう腫壁が周囲と癒着した炎症後の粉瘤では、通常の紡錘形切開を選択した方が無難としています。
※ここではじめて「へそ抜き法」は「くり抜き法」とも呼ばれることがあるとの記載があります。是枝は、用語に関してどちらでも良いというスタンスのようです。
また、6cmほどの大きめの粉瘤に本法を適応したところ、術後1週間程度出血がとまらなかったトラブルを経験したとしています。どこまで大きな粉瘤の症例に適応するかという問題が残るとしつつも、論文中では適応についての言及はしていません。
炎症性粉瘤に対する「くり抜き法」の適応はないとし、
- 忙しい皮膚科外来中にどこまで、時間と手間を掛けられるかが問題で有り、
- 局所麻酔だけでも時間が掛かってしまい、
- さらに、切開排膿後にのう腫壁を完全に取り去ろうとすると「さらに時間が掛かる」ことが問題である、
としています。
《論文内容について》
上記の是枝の主張は、「へそ抜き法」を提唱した上出・白井の論文内容については議論を行わずに、「へそ抜き法」は炎症性粉瘤に適応はなしとしてしまっていることが問題です。また、通常の粉瘤手術に「くりぬき法」を適応するには「一長一短である」とした白井の主張とは、まったく逆で炎症のない粉瘤に「くりぬき法」が適応とされるとしています。
なぜ、このような主張に変わってしまったのでしょうか?
本論文の内容は、現在「くり抜き法」を行っている大多数のクリニックの主張と一致しています。一方で、過去の「へそ抜き法」に関する論文が炎症性粉瘤に対して良い適応であるとしていることと、突然正反対の内容になってしまっていることが問題です。
元来の「へそ抜き法」の価値は、忙しい皮膚科外来で炎症性粉瘤に対して「へそを抜いた穴」よりできる限り排膿・アテローム内容物を排出して、「可及的に袋も摘除」することによって再発する確率を減らそうという主旨のはずでしたね。
粉瘤の大きさ・炎症による対処法の違いについて
上記の矛盾はいったいどういうことなのでしょうか?当方は、皮膚科のみ行ってきた医師ではないので、詳しい経緯はわかりませんが、
- 当初、上出・白井らにより「へそ抜き法」と称される手技が「炎症性粉瘤に良い適応」であるとされていた。
- 炎症性粉瘤に対するへそ抜き療法の論文中で、白井先生は、「へそ抜き法」は、「のう腫壁の剥離の手技がやや面倒で、時間が掛かる手技」であることを指摘しています。
- そのため、多くの皮膚科医が「炎症性粉瘤のへそ抜き法」を行ってみた結果として、外科的なトレーニングを余り積んでいない医師には、外来にて短時間で「局所麻酔・のう腫の全摘を行うこと」は意外と難しかった。
- 多くの皮膚科医が、「さまざまな粉瘤」に上記手技をおこなってみた結果、「あまり大きくなく、かつ炎症の起こしていない粉瘤」であれば、簡単に「くり抜ける」ということが、共通のコンセンサスとなっていった、
ものと考えられます。
是枝先生の経歴を拝見しますと、へそ抜き法に関して詳しい術式の記述が少ないものの、至極まっとうなことを論文中で書いていらっしゃると考えられますので、上記のような経緯があったものと推察されます。
粉瘤・くり抜き法のデメリットについて論文報告より引用
新澤(2019)の「粉瘤の小切開摘出術」によると、
- 皮膚科医院を開業すると粉瘤の患者さんが多く、かつ炎症性粉瘤では逼迫した需要(粉瘤の8割)がある、
- 当初、炎症性粉瘤に4-5mmのくり抜き法を行い、粉瘤内容物も効率的に出せて、
- ある程度の嚢腫壁の処理も行えるため、
- 痛みや腫れを当日中にやわらげた
とする一方で、
粉瘤内部が炎症などで複雑に変形・癒着した例などを中心として、
- かえって処理に手間取り、
- 時間が掛かってしまう、
- のう腫壁が多く残存してしまうと創治癒が遅れてしまい1ヶ月以上掛かる場合もあり、
- 年1~2例のクレームが生じた、
- 最終的な再発率が3年で12%であった(直径2cm以上では16%)、
- 嚢腫壁を可能な限り除去すると術後出血リスクが高くなり(5%)、
- 内1例は200mlの大出血で
- 休診日に対応する必要が生じたり、
- ときには、総合病院の救急科、形成外科で止血処置を依頼する必要も生じた、
と「くり抜き法」の問題点について言及しています。
さらに、「くり抜き法」に関しては、
- 大きめのパンチメスを使用すること、
- 癒着した嚢腫壁に対して無理に処理をしないこと、
- 正確にへそ部分を打ち抜けなかったこと、
- へそ周囲の皮膚の取り残し、
などについてアドバイスと注意喚起を行っています。
解決法として、「根本的な問題点として術野の狭さ」がくり抜き法のデメリットであるとし、海外の論文も引用した上で、「2cm以上の粉瘤のくり抜き法」では通常の3倍以上の時間が掛かってしまうために、普通の紡錘状切開法を選択した方がよいとしています。
くり抜き法での再発例
5年前に渋谷の246号線沿いの皮膚科クリニックで「くり抜き法」を行ったそうです。術後2年ほどで、完全に元通りに戻ってしまったとのことです。粉瘤中央部に、くり抜きでキズを付けたと思われる白色瘢痕が見られ、大きさは触診上は直径3cmありました。手術で再発した場合には、「患者さんは同じ医院には行かない」事が多く、くり抜き法を行っている医師も正確な再発率を把握出来ていない可能性が高いと考えられます。
粉瘤・くり抜き法のデメリットのまとめ
粉瘤・くり抜き法のデメリットについてまとめます。
- 粉瘤・くり抜き法は、本当は最新の手術法ではない、
- 現在、一部のクリニックの売りとして過剰に宣伝されている手技にすぎない、
- 皮膚科外来で多く見られる炎症性粉瘤において、「くり抜き法は難易度も高く時間が掛かる手技」であり、
- 「へその部分」を抜き「内容物」をできるだけ出すことは炎症消退に有効だが、
- 無理に一般皮膚科医が深い粉瘤壁を摘除すると、出血リスクが大きく、
- 大きな粉瘤では再発率が確実にあがる、
など注意点があります。
多くの医院では、1cm程度までの非炎症性粉瘤に「くり抜き法」が適応とし、特徴として、「傷跡が小さく、目立たなくてすむ」、「手術時間が非常に短い」などと言われていますが、皮膚外科専門である「形成外科医」がきちんと摘出・縫合した場合に比べてメリットが少ないと云えます。
とくに一部の医院の主張する「大きな粉瘤に対してのへそ抜き法」は通常の紡錘形切開手術に比べ、医師には「形成外科医・皮膚外科医」として熟練の技術と多くの経験が要求されるものと思われます。また、大きな粉瘤への「くり抜き法」の手技・術後成績・合併症については現在のところは、まとまった論文報告がないのが現状(令和4年4月現在)となっております。