もくじ
ひょう疽とは?
ひょう疽(felon finger)とは、別名で「爪周囲炎・paronychia」とも呼ばれ、指先・爪周囲などの微細な小外傷から生じる細菌感染を伴う化膿性炎症のことをさします。おもに、ブドウ球菌による感染が多く、患部は赤く腫れて、痛みを伴い、症状が進行すると「膿」が貯まります。
指先では、「背側に爪がある」ことと、「物を掴む・支える役割」があるために、末節骨と指腹皮膚が「特殊な隔壁構造」を形成しており、炎症や膿が皮下深部の「骨」まで容易に及びやすいという特徴があります。
ひょう疽(ひょうそ)は、「ひょうそう」とも読み、漢字では「瘭疽」と書きます。「瘭(ひょう)」は、悪性のはれものを指しますが、常用漢字ではないため一般的には「ひょう」と平仮名表記されます。「疽(そ)」は、同じく悪性の腫れ物をさすのですが、組織が「壊疽(えそ)」していく様をあらわし、皮下組織や骨を腐らせるという意味をなします。
実際に、ブドウ球菌感染症では、エンテロトキシンを初めとする「組織を融解」させる数々の毒素がでるために、皮下脂肪組織は、「容易に溶け落ち」て、骨融解を起こすと「ひょう疽」は末節骨の骨髄炎まで進展することさえあります。
治療には、局所の安静・抗生剤内服に加え、患部の消毒・抗菌剤外用での保護が必要で、「表面に膿が浮いて」来る場合には、適宜はやめに病院に掛かって「切開・排膿」をおこなう必要が生じます。
ひょう疽の原因・なぜなるのか?
外的な刺激・要因は?
指先・足趾の先は露出部であり、さまざまな外的な刺激を受けやすい部位となります。さらに手足の末端ではぶつけて外傷を負いやすい、日常さまざまな作業で使うために汚染・小外傷を受けやすいなどが特徴となります。また、爪周囲・指先の解剖学的な構造により、感染が容易に深部に至り・慢性化しやすいので、通常の皮膚感染症である「毛のう炎・おでき」とは、別呼称である「ひょう疽」と呼ばれるのです。
ひょう疽・爪周囲炎の外的原因としては、
- ささくれ、手荒れ、深爪
- 陥入爪、巻き爪
- マニキュア、ジェルネイル
- 爪を噛むくせ、指しゃぶり
- 水仕事などの汚れ、泥、ほこり
- トゲ刺傷、木片
- 魚の骨
などが挙げられます。
指先・爪周りは、四肢の先端にあり、小外傷を受けやすい部位であり、ご自身で気がつかないうちにできた「ちょっとしたキズ」が、ひょう疽の原因となってしまうこともあります。また、皮膚には通常でも正常皮膚細菌叢があり、皮膚のバリア機能や自己修復力により「感染」が起きないように調整されているのですが、糖尿病や何らかのきっかけで「自己免疫力が落ちて」しまい、ばい菌がはいってしまうこともありえます。
ひょう疽の原因となる細菌
ひょう疽の起炎菌としては、ブドウ球菌(60%以上)、連鎖球菌(7%程度)が主となり、これら2種の混合感染もみられます。溶連菌、MRSA、嫌気性菌なども起炎菌となりえます。クリーム状の黄白色の排膿がみられた場合には、黄色ブドウ球菌感染のことが多くなります。黄色ブドウ球菌は皮膚の常在菌であるため、通常はひょう疽が他人に感染してうつることはありません。
指先・爪周囲の解剖学的な特徴が原因となる
ヒトの指腹には、「ものをしっかりと掴む」・「足趾の先でしっかり踏ん張る」などの働きがあるため、
- ものをグリップするための指紋がある
- 物理的に外力に耐えれるように指腹は厚い皮膚となっている
- ものを触るために知覚神経が密に網状に分布している
- 指腹部皮膚と末節骨は、線維性組織で結合して可動性が少ない
- 線維性組織は、骨を中心とした隔壁様構造を形成
- 指腹部皮下脂肪は、隔壁によりコンパートメント(区画)状の構造を呈する
などの特徴があります。
すなわち、感染が起きた場合にも「指腹側の厚い皮膚から排膿されにくく」、「隔壁様構造により深部へ感染が及びやすい」など、感染が悪化しやすい傾向があります。さらに、指先=四肢末端であるために腫張や患部の内圧上昇により「血流が阻害されやすい」部位であることもバイ菌感染を助長します。
上記の機転により、皮膚深層に感染がおよびやすく、血行障害や感染の重症化、神経障害等により「皮膚・皮下組織・脂肪」などが容易に壊死におちいり黄色に変化してしまうので「壊死⇒ひょう疽」と呼ばれるのです。
ひょう疽の鑑別疾患、合併症について
ヘルペスひょう疽
単純性ヘルペスの指先の感染によって生じます。「ひょう疽」と名前は付いていますが、細菌感染症ではない別疾患となります。ヘルペス感染は典型的な症状の場合は、「初期にむずがゆくなる・次第にピリピリとした違和感と腫れが生じる」、さらに「プツプツと集簇した水疱」が現れてくれば診断は容易です。皮疹が爪周りだけでなく、指背近位側にも広がることや症状経過を丁寧に問診することで判断します。通常の細菌感染であるひょう疽と違い、抗ウイルス剤内服が必要となります。
巻き爪、陥入爪
手爪は物を掴む動作により、通常は「爪が巻く力と支える力とのバランス」が取れているのですが、何らかのきっかけで手指先を使わなくなると急に巻いてきてしまう場合があります。巻き込んで炎症が強くなると、局所の腫れ・化膿とともに、ひょう疽状態にも移行することがあります。
カンジダ性爪囲爪炎
手荒れが長引いたり、水を使う仕事に従事する方では、爪の甘皮が後退してしまい「カンジダ性爪囲爪炎」となることがあります。通常、真菌感染の診断は直接検鏡で「菌糸」が検出されることが診断の根拠となるのですが、カンジダ性爪囲爪炎の場合には、通常の陰部・指間部のカンジダ症よりも菌糸がみえにくい傾向があります。その場合には、補助診断として「真菌培養」を行って「カンジダの特徴であるクリーム状のコロニー」が形成されることを確認していきます。
グロームス腫瘍
爪周囲の痛みを生じる疾患として、グロームス腫瘍が挙げられます。通常は爪下に痛みを伴うしこりを形成して、徐々に爪甲自体も盛りあがって変形してきます。痛みやしこり状の腫れはできるのですが、発赤・熱感が細菌感染症より少ないことより鑑別を行います。
ガス壊疽
ひょう疽が遷延化した場合や、はじめから嫌気性菌感染を起こした場合には、ガス壊疽を起こした報告も稀にあります。感染は急速に進行して、手指・足趾が黒色壊死となってしまうこともあります。初期には通常のブドウ球菌感染との鑑別をおこなうことは困難なことも多いのですが、もしも経過が思わしくない場合には、総合病院の皮膚外科にただちに紹介とする必要も生じます。
癌の皮膚転移(肺癌での報告例あり)
まれではあるが、指趾に癌の皮膚転移をおこすことがあります。初期に爪囲炎様の臨床症状を呈した報告があります。(皮膚病診療38巻4号・2016年)
ひょう疽の治療・治し方
ひょう疽の膿抜き・膿の出し方は?
軽度の発赤・炎症のみの場合は、まず抗菌剤内服・消毒、抗菌薬外用で治療を行います。爪脇に膿が浮き上がってきている場合には、切開・排膿処置が必要となります。側爪郭のすぐ近くまで、膿瘍がある場合には、角質層を切開・開放することにより「ほとんどの場合」は、排膿することが可能です。必ずしも、局所麻酔は必要ありません。
排膿されたことが確認できたのちに、周囲の腫張部分から切開創に向かって優しく押し出すと、周囲に貯まった膿も徐々にでてくる場合が多いです。通常のひょう疽では、これだけの処置で炎症が鎮静化してくることがほとんどです。排膿後に、局所の緊満感が改善し、痛みも徐々に引いてきます。
一方で、膿瘍形成が深いものでは摂子の先などで深さを確認すると「瘻孔が骨まで達して」しまっている場合もあります。表面に膿が浮いていないが、触診上で波動感がある場合には「奥に膿がたまっている」可能性もあります。その場合には、局所麻酔注射を行った上で、膿瘍近くの一番排膿されそうな部分にメスにて切開を入れると血膿とともに排膿がみられます。
局所麻酔が必要な場合には、1%キシロカイン液による指基部での指神経ブロックが基本となります。とくに必要性を認める以外では、指骨の側面には指神経・血管束が存在し、指腹側には知覚神経が広く分布しているため「なるべく指背側」の皮膚に切開を加えることが大切です。
膿瘍が大きく、側爪郭横の組織欠損が大きい場合には、瘻孔内の洗浄をする必要もあります。当院では、微温湯(水道水)にイソジン消毒液を入れたもので局所を洗うように指導しております。感染巣への洗浄処置は、早期に膿瘍内に残った細菌感染をコントロールするのに大変有効な処置です。感染がある程度収まれば、適度に温めた水道水洗浄のみとしても構いません。
ひょう疽・爪周囲炎はどのくらいで治る?
自然治癒期間は何日で治るのですか?
まだ、膿の貯留のみられない軽度のものでも、1週間程度の局所安静が必要です。指尖部・爪周りは特殊な解剖的な構造があり、また外的刺激を受けやすい部位であることから炎症が再燃したり、長引きやすいのです。できれば、抗菌剤外用に加えて「ガーゼ保護もしくは、保護パッド付きのテープ」等で保護をしばらく継続しましょう。
病院で排膿をおこなった場合には、1週間程度の抗菌剤内服を続けた方が安全です。消毒・抗菌剤外用に加えて「滅菌ガーゼ」での保護が望ましいでしょう。痛みや腫れが引いてきたあとにも完全に炎症が取れるまで、プラス4,5日程度の局所安静を行った方が良いでしょう。
炎症が強い場合でのひょう疽が治る期間
強い炎症に加えて、骨近くまで瘻孔形成してしまったものでは、炎症が消退するまで2~3週間要することがあります。炎症が完全に引くまでは、1ヶ月程度の保護を続けた方が望ましいです。
ひょう疽の市販薬・抗生物質軟膏の種類は?
ひょう疽にオロナインは有効でしょうか?
ひょう疽のケアに役立つ市販薬としては以下のものが挙げられます。
- オロナイン
- テラ・コートリル
- ドルマイシン軟膏
- テラマイシン軟膏
- イソジン消毒液
- 滅菌ガーゼ・テープ
- ケアリーブ(ニチバン)など質のよい絆創膏
ひょう疽にオロナインを塗ることは「ある程度の有効な処置」であると考えられます。オロナインは、いわゆる「消毒剤」であるクロルヘキシジングルコン酸塩が入った軟膏外用剤となりますので、積極的に皮膚の中の菌を殺すまでは行きませんが、皮膚表面の雑菌の繁殖を抑える効果が期待出来ます。
爪周囲炎・ひょう疽の自力での治し方は?
急がしくて、なかなか病院まで行けない場合には、症状が軽度であれば市販の消毒剤のほかに、市販されている抗菌剤外用なども用いることができます。炎症の初期には患部は刺激に対して敏感な状態になっていますので、塗り薬だけではなく、早めに「痛みのある部分」を消毒剤・抗菌剤外用などと伴に、ガーゼや絆創膏保護をしておくと症状が悪化せずに、収まってくる場合があります。
市販薬では、抗菌剤内服・新しい世代の抗菌剤外用は販売されていないために、より炎症が酷くなってしまった場合には病院へ受診する必要が生じます。病院へ早めにいくメリットは、切開が必要な状態か診断できること、抗菌剤内服などが処方出来ることとなります。
ひょう疽を放置すると?
指切断になることはあるのでしょうか?
通常のブドウ球菌によるひょう疽を放置しておくと、感染が悪化して指先・爪周りが腫張し、拍動性の痛みが出てきます。この時点で痛みが非常に強くなりますので、病院を受診する患者さんが多くなります。一方で、なんらかの事情があり病院へ受診するタイミングが遅れてしまうと、膿瘍は末節骨まで達して、指先の皮下組織を融解させながら大きな欠損を生じるようになります。感染が骨・関節まで達するとクリニックレベルでの対応が困難になり、総合病院の形成外科などにご紹介が必要となります。
また、稀ではありますが嫌気性菌や耐性菌の感染を起こすと、通常の抗菌剤内服が効きにくく、症状が急激に進行して指壊疽となってしまうことも文献的に報告があります。指先が黒色壊死すると、一部指切断になってしまうこともありますので、皮膚感染症も早めの対処が必要です。
ひょう疽は放置で自然に治ることはある?
ひょう疽は、ごく初期であれば一般的に市販で売っている消毒剤、抗菌剤外用で症状が改善することもあります。一方、感染を起こした部位は通常の皮膚よりも、ばい菌感染に対する防御力が落ちてしまっていますので、何もせずに放置しておいて自然に治ることはありません。痛みや腫れという症状は、皮膚が感染を起こしているという「ご自身のからだ」から出ている危険信号です。軽くみて、そのまま放っておかないようにしましょう。
日常生活の注意点は?
ささくれは、引きちぎらず「良く切れる小さなハサミ」などでできる範囲でカットしておくことが有効です。炎症が広がらないうちに消毒、抗菌剤外用などを塗布して、絆創膏などで保護をしておきましょう。指先や爪周りにキズをつけた場合にも、早めに消毒・外用剤で保護するなど対応を行います。
手荒れや皮膚の乾燥があると、細かな小外傷を受けやすい状態となりますので、「こまめな保湿・爪棘などのカット」などを行いましょう。
ひょう疽になってしまったら・・・入浴時の注意点など
実際にひょう疽になって病院にて、「切開・排膿」を行った場合には、しばらく患部の安静が大切です。当院ではひょう疽の排膿後のケアとしては以下のことをご指導しております。
- 炎症が治まるまでしっかり抗菌剤内服を続ける。
- 患部は水道水(流水)・シャワーなどで洗うことはokです。
- 入浴時には指先は浴槽に入れずに挙げておくこと。
- 体や頭を洗うときには患部の手指に汚れた水が掛からないように挙げて。
- 患部はやさしく拭いたあとに、イソジン消毒をする。
- 抗菌剤外用を塗布して、滅菌ガーゼにて保護を行う。
- 綿の指サックなどで保護しておくこと。
- 痛みの強いときには手指を挙上しておくこと。
- 日常生活で痛みのある指を使いすぎないこと。
- 熱を持っていれば多少冷やすことも有効
などです。
その他では、炊事などで、どうしても使うときには使い捨てのビニール手袋などをもちいて、患部を濡らさないようにします。また、意外と盲点となるのが「テープの巻きすぎ」です。指先を保護しようとテープを余りにグルグル巻いてしまうと、密封しすぎとなり手指が浸軟してしまうことがあります。ガーゼは適度に余裕を持たせて、テープはあまり沢山巻きすぎないようにします。
ひょう疽・爪周囲炎の内容をスライド形式の動画にしました
まとめ
指先はものを掴んだり、様々な作業をしたりで良く使うことが多いのですが、
- 露出部であること
- 四肢末端にあり刺激を受けやすい部位であること
- 爪が指の背側にある事から爪郭部の隙間があること
- 指腹部でものを支える機能がある特殊な解剖学的な構造があること
などからバイ菌の感染であるひょう疽が悪化しやすい部位となります。
細菌感染症による「局所の赤み・腫れ・拍動性の痛み」は、体からの大切な危険信号です。たかが、指先のちょっとした傷だと、馬鹿にしないで早めの対処が必要です。通常は、膿が貯まっても「皮膚科・皮膚外科」などでの早めの対処+消毒・抗菌剤投与で改善することがほとんどです。
一方で、いくつかの鑑別疾患・稀ではありますが「ガス壊疽・リンパ管炎」などによる指壊死の報告もあり、ご自身で様子をみても改善しない場合には、早めに病院へ受診をしましょう。